行政書士になってからの日々の色々

2004年に東京都小金井市に行政書士事務所を開業し、はてなダイアリーで「女性行政書士でもある武石文子の日々雑感」を書いてきました。2018年11月はてなブログに引越ししてタイトルを変えました。事実婚・離婚・不倫・遺言・相続が得意分野です。日本語教師もやっています。

人生わからないものである

今回、お仕事インタビュー記事を初掲載!

今、大学生は就活シーズンまっただ中。何の仕事に就いたら良いのか悩んでいる人もたくさんいるかと思います。そこで、その一助になればということで、新企画。

第1回(2回があるかどうかはわかりませんが)は、同業者である行政書士の藤林美穂さん。埼玉県行政書士会に所属しています。

藤林さんは神奈川県藤沢市の生まれで、お父様は国文学者。お母様は臨床心理士で妹さんが一人います。

子供の頃から絵を描くのが好きで、漫画家になりたいと思っていた時もあったとのこと。その延長で大学では美術史を専攻。時はバブルに向かって世の中浮かれたような時代。就職活動もせずに大学生活が終わりに近づき、ゼミの先生に紹介された小さな写真エージェンシー(写真を貸し出す会社)に就職します。

その後一度は大学院に進もうと思ったにもかかわらず、お父様が56才で亡くなり、進学を断念。それまで兼業主婦であったお母様も本格的に働きだします。藤林さんは取りあえず英語を勉強しようと思い、勤めながらある団体が開いている英語講座に通い始めました。そして本人が「若気の至り」と話す勤め先とのトラブルで退職すると、その講座を開いている団体(後にNPOになる)に誘われて、今度はそこに勤めることになったのです。

その団体は世界から情報を集め自らも発信、研究するところで英語が仕事に必須でした。そのため英語は必然的に上達。自分では「長く勤めすぎた」と話す藤林さんですが、11年勤めた後退職。


しばらく休養も兼ね、元々好きだった美術に近いものとして2年制の写真学校に入学。学校に通いながら出版社でのアルバイト生活を送ることになります。しかし、写真は自分の生きる道ではないという考えに至り、その頃前の団体時代に知り合った男性と交際していたこともあって、卒業後に結婚し40歳で主婦になりました。

また一方で、写真学校時代に課題で知り合いのフィリピン人を撮影したことから、フィリピン人コミュニティに関わるようになり、一緒に病院や役所に行くというボランティア活動を行っていました。しかし、善意で行うボランティアには限界があると感じ、一旦はそのコミュニティを離れます。


さて、実は私と彼女とは大学の同級生でたまたま1,2年時の語学のクラスが一緒だったことからつきあいが始まっています。当時は今のようにメールもSNSもなく、大学を卒業し転居すると関係が切れることが多かったのですが、私が就職時に横浜に住み、藤沢と近かったこともあり、関係が途絶えることなく、年に2−3度会うという間柄がずっと続いていました。彼女は一見物静かですが、意見ははっきりと言い行動力もあります。


私は2004年に行政書士になり、私の話を聞いたりしながら、夫にも勧められ彼女も行政書士試験を受験。2007年に行政書士になります。


そしてここで、フィリピン人コミュニティと関わったことが彼女の仕事に影響を与えます。行政書士の仕事の一つとして日本での滞在を希望する外国人のビザ(在留資格)の取得や更新手続き、永住許可や日本国籍を取る帰化申請というものがあります。要件が厳しく知識が必要であり、これを専門とする行政書士は少なくありません。

藤林さんは、「多少は外国人を知っているからやってみようかな」と思い至り、その分野の勉強会に参加するなどしてフィリピン人コミュニティと再度関わりはじめるようになりました。最初はなかなか仕事につながらなかったものの、外国人社会の口コミで少しずつ仕事になり、今は、他の外国人からも突然電話があったりで忙しい日々を送っています。

「広告やサイトを見て、いきなり電話がかかってきます。電話だけでは解決が無理そうな案件でも実際に会って話すと道が開けることがあります」

無駄足になることもあるけど、お客様とはとにかく直接会うことをポリシーにしているとのこと。

そして彼女は自分では「そんなに上手くない」という英会話を駆使しつつ、一年前からタガログ語の教室にも通っているのだとか。

「フィリピンの人たちは、自分にとって異文化そのものです。色々迷惑もかけられることがあるけど、日本のような同調圧力も無く、時は金なりという考えも無く、自分の精神衛生にとって良い影響を与えてくれるというのはありますね。バイタリティがあって、尊敬できる人も多いですし。そして人間関係が濃いので、何年もつきあうと『ありがとう』という気分になるんですよ」


回り道だったような写真学校がフィリピンとのつながりを生み、私との関わりが行政書士への道を開いたというこのお仕事人生。

「自分でもこんな仕事をするとは若い時には思いもしなかった」と話していますが、結局人は波長が合う方に導かれていくのではないかと強く思うお話でした。


↓藤林美穂さんの事務所サイト
ライフ行政書士事務所